【解釈および解説】
眞金吹く穴海の和の証
干拓が進む過程で利権を巡り、長い間、備前・備中の国境紛争が続きました。裁定が下され標石が建てられたのは1817年(文化14年)。これにより、ようやく干拓が再開されました。
“眞金吹く”は吉備国の枕詞で備前・備中を暗示します。また早島はもともと『吉備の穴海』と呼ばれる海に浮かぶ島でした。
問題の解釈や解法につきましては、様々なご意見・お考えがあると思います。問題の解釈により複数の場所が想定される場合もあるかと思います。しかし、あくまでも私どもが設定したものを、今回の問題の解釈とさせていただきます。また歴史や地理的な名称等につきましても完全に公的な見解・名称とすべて一致するわけではありません。ある説に基づいた解釈であったり、俗称であったりする場合も含めて「謎」としております。何卒ご了承ください。

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